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 バラードは自動車や巨大ビルに対しては、人間を超えたその自律性を妄想でき、それへのフェティシズムを直観できたのだろう。しかし何とも意外なことだが、官僚制や情報システムについては、彼はそうした妄想力を十分に発揮できなかったのではないだろうか。それゆえに彼は、自動車事故に欲情する変態や、コンクリート・ジャングルの野生人を描くことはできても、山形が期待したように「モニタが壁面を埋め尽くす警備室の性欲、インターネットのルータに宿り花開く熱帯のジャングル、検閲用スクリプトが呼び覚ます殺人衝動(以下略))」を描くことができず、結果そうしたシステムの裂け目を「人間的自然の変容」のとばぐちとしては描けず、ただ単に「システムと人間的自然との齟齬」としてしか描けなかったのではないか。

 それでは、伊藤はバラードをある程度ではあれ超えることができていたのか。

 『ハーモニー』の、一見したところの反抗者が実は体制の成就者であったという結末は、ある意味で晩年のバラードの煮え切らなさを軽やかに突破していて好ましい、とも言える。しかしその反面、意識が消滅して「それからみんな幸福に暮らしました」という結末は何とも言えず安易であるともいえる。意識が消滅した(しかし、それって具体的にはどういう事態なんだ?)あとは何も起こらない、という想定は果たして正しいのだろうか? 

— トークイベント「SFは僕たちの社会の見方にどう影響しただろうか?」感想 - インタラクティヴ読書ノート別館の別館 (via kogumarecord)

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